政治家になろう!

市議を目指す活動日記です

表現の自由って?

有名な漫画家の方が自民党の比例で出馬するようだという話がありました

そこでなんで表現の自由を蔑ろにしている自民から?

表現の自由なら立憲から

という内容の書き込みを見ました

 

しかし今回の武蔵野市の揉め事で果たして立憲民主党表現の自由を大事にしているのかな?

と思いました

 

ある立憲民主党の市議がツイッターで書かれた文です

f:id:tubasa2yamazaki:20211217204647p:plain

演説やデモも立派な表現です

表現の自由を守るのなら、表現の自由を妨害する自由を認めてはいけないはずです

 

もし「表現の自由を妨害すること」も表現の自由だと言い出した場合

妨害された「表現の自由」を守ることはできなくなります

矛盾が生じます

だからある表現に反対をしたくても、妨害活動で反対するのでなく

反対である表現をしていくべきでしょう

 

そして自分と反対する意見の表現などでも妨害に対してはしっかり批判をする必要があるでしょう

 

自分たちの意見と違う表現は妨害されても問題無しとするのであれば、

それは表現の自由を守っているのとは違うと思います

単に自分が好きな、有利な表現を守っているだけです

 

別にこの市議に限った話ではないですが

立憲民主党の方は自分たちには甘く他人に厳しいところがあります

本当に表現の自由を考えているのでしょうか?

 

そして、本当に表現の自由に対して改善をしていきたければ、

やはり自民党に入って自民党の内部から変えていくのは有効です

特に格別表現の自由に対して攻撃的なわけではない

ただ、そこを中心に問題視する議員がいなかっただけなのですから

 

表現の自由を守る大事なようで難しい問題です

守りすぎることも問題を起こすこともあります

例えば

表現の自由

何かを侮蔑する表現の自由

ブラックユーモア

いきすぎれば別の問題と絡み合います

どこまで折り合いをつけるのか?

 

ネットで情報共有ができやすくなった現代、

アンダーグラウンドな文化も簡単に表面に出てきます

以前はアングラだから許されていたこともそう行かなくなってきています

ではそういうものを禁止したほうが良いのか?

そういうわけでは絶対にありません

 

許される表現許されない表現の境目が

しっかり惹かれるようになり難しくなっています

だからこそ、表現の自由を訴えるのであれば、

自分と違う考えなどでも厳しく守っていかないといけません

 

 

 

野球で例えると

議員や行政の方が政治のプロなら、

私たち議員を目指している人はノンプロや大学や高校球児

そして選挙に行く人や普通の会話で政治の話ができる人はアマチュア政治家なのだと思います。

議員にならなくても(アマチュア)政治家になれます。

だからもっと政治に興味を持って選挙にも行って

みんなが政治家になろう!