住民投票条例 本当に必要?その2 住民参加が住民投票?もっと大事な住民参加があるのではないか?
住民投票条例が住民参加だ
という声があります
先日もある方から住民投票条例に反対するには他の住民参加となる対案がないと反対のための反対になるという話を聞きました
果たして住民投票条例がそんなに大事な住民参加なのでしょうか
住民投票とはその地域の住民の考えはこうであると表明するものです
その差異51%対49%でも51%の意見がその地域の意見とされてしまうことが多いでしょう
そんな決定することだけが住民参加なのでしょうか?
そんなに住民が市政に参加する機会は少ないのでしょうか?
本当に大事な住民参加は、様々な常用で住民の意見をしっかり聞く姿勢を行政が持つことではないでしょうか
気軽に回答したり参加できる雰囲気作り
もし市長の考えに反対するようなことを言ったり自分の不利益になるんじゃないか
そのように住民に思わせるようになるようでは、もう住民参加にならなくなるでしょう
ワンマン社長のようなことをしている行政では絶対に住民参加の行政は出来ない
会社でもよくある話です
社長が社員の声を聞こうと思っても社員は何も意見を出さない、やる気のない社員ばかりだと言っている
社員に実際に聞くと
社員が言う意見で自分が気に食わないとすぐにダメだしして罵倒して待遇が悪くなる
社長が望む意見をいうか何も言わないようにしないとやっていけなくなる
そのような話が出てくる
行政も同じです
住民の声をしっかりと真摯に聞き、言われたことを取り入れる姿勢がなければ住民の声は上がってこないし、住民と行政の壁が高く厚くできていくだけです
武蔵野市はどうでしょうか?
住民参加と言いながら自分と違う意見の人はブロックしてしまう、自分と対立する政党の人の話は聞こうとしない
住民投票条例反対の署名をしたときにも、署名すると市の仕事から排除されるのではないか、そういう声もありました
これはもう独裁と言ってもいいのではないか
そんな状況で住民参加など出来るはずがありません
住民参加と言うと受けが良い、周りから評価される
実際にそれが出来ているかどうかなど関係ない
そういう状況になってないでしょうか?
住民投票よりももっと大事な住民参加できる行政のあり方があります
そういう事もできないのに、なんで実際に使われる機会があるかわからない住民投票条例を作ることで住民参加というのでしょうか?
こういうところからも武蔵野市は住民不在の行政になっていないでしょうか?
武蔵野市の行政を住民の手に取り戻すことが必要なのです